20211214

5億年ぶりに譜めくり

さすがに言いすぎた、でも冗談抜きで久しぶり。10年ぶりくらいじゃないかしら。それに、ちゃんとしたコンサートでの譜めくりは初めてだ。前日の駆け込み依頼、軽々しく「いいですよ」って言ってよかったのかな。

知らない人のために、「譜めくり」というのは、演奏会でピアニストの横に座って楽譜をめくる係のひとのことである。必要なのは読譜能力と、黒子に徹すること。目立たないことが生きる要素、縁の下の力持ち的な役柄は、オーケストラでの低音ホルンのお仕事とちょっと近い気もする。

急といえば急な話である。大丈夫だとは思うけれどやっぱりすこし不安だ。ドキドキしながら今日昼すぎリハーサルに向かう。「ちょっと早めにめくってね」「わかりました」まず最初はこんな感じのやりとりから。リハーサルが始まると、不安の色が一気にがらりと変わった。久しぶりに読む室内楽の譜面。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの小さな楽譜を乗せたピアノ譜が横たわっている。クラシックは再現の音楽というけれど、ひとたび演奏がはじまれば、美しい譜面の読んだ通りの音形がぴたりと寄り添い、まさに次々と見事なまでに「再現」されていくのであった。

楽譜を読む体験がこんなに幸福だったとは。脳がじゅわじゅわうれしいと言っている。何にも音を出していないけれど、舞台の上で何をしたらいいのかわかる。

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終演後も、結構おもしろかった。
会館スタッフのわたしはお客さんお見送りのため、奏者に挨拶してエントランスに向かったのだが、その途中で声をかけられたのだ。声の主はちっちゃなおばあちゃん。

「あんた!よかったよ!」
「ええっ?おれ演奏してないよ」

そんなの分かっているのだ、楽譜をめくるあなたがとにかくかわいかったんだからと、目の前のひとは興奮気味に喋る。一緒に写真を撮ってくれと、相方であろうおじいちゃんが持つカメラを指差している。「マスクとってね」「いいですよー」レンズに向かってピース。またねと手を振りお別れしたそのあとも、別の何人からか「あんた、よかったよ!」とほめられた。ぜんぜん演奏してないのにね。

ここが広島ならそんなことはまずないだろうなと帰り道。この街では楽譜を読む人が圧倒的に少数派で、舞台の上で起こることは端から端までが非日常、みんなぜんぶを楽しむ権利があるのだ。
かわいいお伽話の国がぶつかってきたことで、はたと現実に帰る

【おまけ】

ぜんぜん関係ないけれど、高校時代の盟友・おんべとも冬にまつわる室内楽(当時はアンサンブルと呼んでいた)の話をしている。

彼の担当楽器はサックス。鳥取から下宿してきていて、とりわけベースライン、バリトンサックスの名手であった。二年生のころ取り組んでいたフランセのサックス四重奏のファンだったわたくし。彼含むメンバーの諧謔的なキャラクターが曲想とまさにぴったりで、よく「ねー、フランセをやってよ!」ってねだっていた。ちなみにこの作品、バリトンサックスの短い独奏を契機にしてはじまる。

現在は中学校の先生で、子供たちがちいさな楽隊を組んでは、いろんなところで演奏しているそうだ。
「おんべの子供たちはいい音を出すんだろうなあ」
「なんだか酔っ払いみたいよ」このように申している。