20250531

20250531

この春遠出をしまくったため財布がだいぶ厳しく、午後からとはいえ翌日も仕事であり弾丸での徳島行きは無謀に思われた。

朝起きてみて、しばし家の用事をしたり楽器を吹いたりして過ごしていると、これはいけるかも?いったほうがいいかもと浮かんできた。一本ゆるくむすんだ予定リスケの連絡をし、わたくしは出発をきめた。久しぶりの、トロンボーンをのいのい鳴らしてよろこび。

ゼットの逆を描くようにして四国をえいえいと東に向かう。知らん地名の連続を横目にたどりつきたい行き先はバアチャラパルタの音楽催事。無事に漂着し、内臓のような地下の店内でつめたい阿波晩茶を飲みながら、個性派揃いのバンドの演奏と対峙する。そのなかに年の初め、この人に会いに徳島に行こうと考えていた音楽家がいた。にわにわに、という絵巻のような見事なアルバムが四国漂流中の我が身に巻きついていること、そのアルバムのリーダーが即興の会を主催しているらしいこと、SNSやWEBでの情報発信を一切せず徳島からほとんどでないようであること。ライブがあるなら観に行きたいと思っていて、たまたま休みが重なった。目の前のトリオが繰り広げるろうろうとした咆哮やいななき、物語性、神事のような音楽性に没頭する

ありがたいことに打ち上げの席にも同席させていただいた。それぞれの音楽の成り立ちや感じていること、ルーツなど、出演された方たちといろいろ話す時間。ひとりひとりの音楽家が生み出す音楽シーンの磁場や関西と近い土地勘も漂っている気がした。

音の感じ方聞き方出力への在り方感受性なにもかも違っていても同じものを共有できてしまう音楽はとても不思議だ。楽譜を読むことも全然主流でもなんでもなく、誰かと音楽を作り追求していくことはあたらしい反応で溢れていて、自分の中に住むまだみぬ音楽に早く会いたいと思う。