雑眼を振り返って

「来年から高知で月1くらい、ゲストを迎え、ライブでもトークでも関心があること自由にやってみるイベントを企画しようと思っていて。黒田さん1月どうですか。」

四万十町はすばらしきカルチャースポット太陽の眼の店主のひとり、森田理論さんからこんなご相談をいただいたのは2025年の11月のことだった。「お互いソロ30分くらいずつやって、そのあと一緒にやってもいいし、その場のひとたちと何かやってもいいかもしれないですね。」「なんでもやっていいですよ。」「あとフリーペーパーもつくろうと思ってて。」ぽつりぽつりと語られるすりりんぐでおもしろい理論さんのお言葉に乗っかり、カレンダーにめでたく予定が追加され、フリーペーパーに向けたお互いの表現にまつわるやりとりがなされ、眼玉があしらわれた正方形のチラシが届いた年末。会場である音楽茶房リベルテの宇宙的にすばらしいマスター大野さんとの接続も叶ったのだった。

関心ごとといえば即興のこと。理論さんも即興でやるひと。即興でやろうと最初から決めていた。とはいえ、普段じぶんの即興活動がうまくいっているかと言えば正直なところ結構くるしんでいた。即興シーンへのなじめなさ。さぐりさぐりでせっかく立ち上げた自分の即興あそびの会は閑古鳥。いつも手伝ってくれる友達にも広報むずかしいねとぎこちなく笑う日が続く。職場が会場なので、便利さもあれど、ときに自分で自分を制限するような立ち振る舞いもなんだか難しく感じた。即興に希望をみていると口にするたび実が伴っていないと振り子のようにひっついてくる不器用さ、ひとまず続けているこころもとなさ。こんなわたしに30分のソロなんてできるんだろうか。ルーパー買ったけど、まだ全然上手に使えないや。心配事はもりもり積もった。演者としてスイッチがはいれば自分は何か届けるようなことをやるだろうなと人ごと的な楽観もあった。突如、即興の会の応援者的な人物も無関係にあらわれた。お正月休みの帰省はやめにした。長旅をやる気分や金銭的余裕がなさすぎ、地元へかかる瀬戸大橋に対して恐怖症みたいな感覚が育ちつつあったことも手伝い、四万十市は中村を中心に南国ならではの高揚感とへちゃげるへっぽこ感のどちらもある、わりとカオスな年末年始を過ごした。

「30人くらい来ます。」当日リベルテに着いたらいつものゆったりしたカフェが姿を変え多くの椅子が並び、マスターの大野さんは静かに仰った。30人?いつも即興のイベントは2人~3人くらい。お客さんがいっぱいの即興イベントなんて知らない。さてどうしようか。ルーパーとマイクをセットし、自分を何人か増やしてみる取り組みをすることにした。迷ったり困ったりすることも含めあらいざらいみてもらう感じにしよう。いわゆる即興!みたいなのはしようとせず自然に発生する音に身を委ねる。構成は、わたしのソロ30分、理論さんのソロ30分、休憩と太陽の眼の紹介、大野さんの音楽の紹介をはさんで即興あそびの会のデモンストレーションという内容。自分ちの居間だと適当な音量のアンプ出力がカフェの広い空間だとあまりにひ弱で、こういうこともあるのかーと思っていたら理論さんがPAでさっと音をとって助けてくださる。リハーサルを聴いて大野さんが照明を調整し、民族音楽と環境音楽が合わさったような音楽をSEに選んでくださった。リラックスできる感じと厳かで背筋が伸びる感じが両方あって、これは大丈夫だ!と思った。

自分のソロについて、後日、録音を聞くと、もっといいものを作れるとも思ったし、やっぱり行き当たりばったりだったけれど、「思考も含めてみえる感じがしてよかった」「音がここちよかったよ」「つくったり壊したりして小さいまとまりにしていいんだと思い勇気が出た」など好意的な意見が寄せられ嬉しかった。電子音をあつかう理論さんと生音やクラシックの脈に乗っているわたしとで出力や分野がちがうのも面白かったと思う。セッション部分では、たとえ話や形式を説明しながらみんなに自然体かつ無茶振りしてみていた。音楽家のお客様から「来た人が体験できる形よかったね」という声もいただいた。こんなにたのしい人たちが集まったのは、太陽の眼とリベルテがそれぞれ普段おもしろいことをどんどん実践しているという信頼と3人のお人柄に他ならない。ふっくらした形で会が終了し、お客さんとして来てくれた美術家のももよんが展開するバア・ヘルズにて打ち上げ。すばらしいオリジナル中華に舌鼓を打ち、振り返り活動しながらみんなで夜更かしするのであった。

今後のことも書きたいと思ったが、文章の結構量が増えたのでここまで。勢いでばばばと書いた。すこしなおした。そういえばソロも「これで終わります。」とおしまいにしたなあ。「あたらしい!」と客席からツッコミが芽生えた高知のとある夜