
20260410
四国漂流記 いっすんぼうしの気持ちになって10
春の巡礼2026
四万十では先日の大雨で散ってしまったさくらが、広島はまだほとんど満開のように咲いていて、ここはつくづく別の地域なのだと実感する。春と秋とで一年に二度参る祖母のお見舞いがもう6 年目。九州からの道のりが四国からへと移り、 5度目を数えた。旅に合わせて所縁ある友人や関心を寄せる人と会う用事を入れることもあり、どちらかと言えば、口をつぐみ静かになっていく祖母との時 間よりもそちらの方が温度を持ってきている。駆け出しを過ごした懐かしい人や場所があり、今を共有できる人や場所がある。過去と現在と未来がマーブル模様に混ざる旅には、普段の生活にない、自分の現在地を問い直すような熱がある。
広島は、祖母のいる県東部とは厳密に言えば別の地域だが、自分が学生時代とその後3 年ほど暮らしたから土地勘があり、古い仲間もいて、なんとなく圏内の認識がある。クラシック音楽の演奏家を志し、挫折を経験したまち。そうは言っても奏者としての体幹のかなりの部分を培った期間だと思う。楽器がもつ最大限の能力を追求すること、放った音の行き先やタイミングを操縦すること。音の質を選ぶこと、周りと調和しつつ求められた自分のパートの仕事をはっきり主張し やり遂げること。舞台に潜む魔物との付き合い方など。痛い目も素晴らしい体験 も、全部その嗅覚と美意識が連れてきた。これらがなんども私を遠くに運び、落胆や救いをくれた。
さて、同業者と話すことはいくらでも饒舌に教えてくれたのに異なるジャンル の人と話すことは存在しないかのごとく話題に上らなかったまちでもある。当時自分の周りにいた多くの人に、そういったことがそもそも思い浮かばなかったの かもしれない。ここを離れなければ、未知の出会いを開き、文章や絵、楽譜のない(あるいはあってもときおり白紙から進路をつくる必要のある)音楽をやらなかっただろうなと思う。やすやすと道をあけ渡さなかった、違うジャンルの音楽 家や表現者たちとの協働の場。すぐ近くには、ダンサーも美術家も、即興演奏家だって存在していただろうにと振り返る。今後このまちで出会うことがあれば、これまで積み重なった情景が手伝って土地のレイヤーや次元がひとつ増えるような体験が得られるだろうとも予感する。
広島で過ごしたこととそれ以降の暮らしぶりのどちらもが容赦なく今のわたしに 流れ込む。そばにある楽器は、最大限のポテンシャルを発揮するよりも、コミュニケーションの手引きとして働いてくれることが増えた。晴れ舞台をともにすることもな くはないが、その距離感は歯を磨いたりお箸でごはんを食べたりすることにすごく近い。口ごもったり言い淀んだりしながら喋るこの音楽は、わたしのすばらしい相棒だ。でも楽譜を見れば心が躍るし、音楽の間取りをとるときは図形が浮かぶ。自然に手にとりたい音は破壊よりも断然調和だし、染みついた野性の勘の多くは痛いほど広島のまちから貰ったものだ。
いつまでこんな旅を続けられるのかな。回を追うごとに長距離運転への抵抗や現在地での活動の発展、仕事の疲れをとる日のほしさも積もる。しわの寄ってきた心を揉みながらマーブル模様に咲き誇る広島の桜を見送り、遥か彼方きっともうすっかり葉桜の四万十に帰る。

