20260401

20260401

雨が降っている

久しぶりに家の片付けをしてホルンを練習していると近所の猫が見に来た。

楽譜を読む・読まないという装備についてあれこれ思案する。自分は楽譜を読まないと名乗る音楽家には何かしらのポリシーを感じることが多い。わたしは楽譜を読む音楽家で、どちらかといえば譜読みに強いと思う。正確に読む力というよりも、たとえば落ちたときにすっと戻れるとか、曲の間取りをスカスカの楽譜から読めるとか、大雑把に捉えるのがあまり苦でないことがそのことを物語っている。譜面をもらえるとそれはあたらしい島のマップが得られたようなわくわくがある。しかし、コードにめっぽうよわい自覚があり、コードと音の響きが頭の中で結びつかない。単音を聴き分ける耳が強いため、それと相反しているのだと思うが、和声・音の塊は「にじみ」みたいに聞こえており、よく目をこらすとちょっと見えてくる構成音を辿ることで自分の入るべき音を判断している。このコードはこの響きだと教えられると違いは分かるけれど、瞬時に次々異なることが起こる音楽という出来事の前では、自分にとって自然に分かる単音の構成音を追った方が実用的だと認識しているんだろうなと思う。

いろんな音楽家がいて、自分にとって当たり前なことが他の人は全然そうでないことがよくわかり、これはいろいろな音楽家と接してコミュニケーションをとることでしかわからなかったと思う。自分にとって当たり前なことを把握していくことが、赤の他人と接続することの足取りとなっていて面白い。自分に得意不得意のグラデーションがあってよかった。弱みだと思っていることも何らかの機能なので、いろいろとジャッジを待ちたいと感じながら。

今日は和風スナック麦のミワさんの誘いで隣町のものすごく黄色いカレー屋まで電車で出て昼から飲みましょうという催事の日

電車やバスの時刻を調べながらいろいろ可能性を浮かべている。