20230429

苦手なものが多い。

カラオケが苦手だ。お世辞が苦手。遊園地も苦手。愛想笑いが苦手。カタカナが苦手。辛いものや痛みが苦手。テレビも苦手。建前も苦手。大型家電量販店が苦手だ。体面や面子が何のことを指しているか、言葉の上で理解しても実態としてわからない。

ショッピングモールが苦手。ゲームセンターが苦手。そう気づいたのは、バスが終点に近くなったところだった。わたしは手塚夏子さんのダンス・パフォーマンスを観に姪浜にあるショッピングモールに向かっていた。博多駅は土砂降りの雨。夏のような、粒の大きい強い降り方だった。初めていく場所、初めて会う人、すこし早く切り上げる必要のあった仕事の都合、得意でない電車とバスの乗り換え、これから観るパフォーマンスが今わたしがつよく惹かれる分野の「日常のなかでおこなわれる表現」であること。わたしは状況にかなり集中していたと思う。雨と人混みを縫って乗ったバスは、なかなか目的地に着かなかった。街を進むにつれ雨は普段通りの振り方になり、着予定時刻から10分経って、車内の電光案内板が3駅後目的地と示した。合ってた。間に合うな。そう思ったら少し緊張がゆるんで、自分がパフォーマンスを鑑賞する場所をかなり不得意としていることを思い出した。

「自分が異質な感じがする。」と手塚さんは言った。わたしと鑑賞者がもう一人いて、パフォーマンスが終わった後、三人でフードコートの丸い小さな机を囲んだ。手塚さんは、アンチだった。手塚さんのパフォーマンスは、ショッピングモールのお客さんの誰にも気づかれない形で進行する。鑑賞者は事前に送られた文章を読みながら、自然な距離で彼女を見守る。彼女の頭からはツノが映え、指からは赤い糸が伸び、フードコートは海の底になった。雨の観覧車を小さくして背に載せた手塚さんがゆっくり階段を登ってゲームセンターに入る。自分が守りの体勢になるのを感じ、傘をたたむ。ゲームセンターの音の雪崩を聴きながら、周りを見渡してみる。手塚さんがゆっくりゆっくりゲームセンターの中を歩き始めると、不思議とそこにいる人たちが皆キャストのようだった。手塚さんは、魔法でも使うみたいに世界を崩しほぐした。どの動きもわずかで、ゆっくりしていて、かなり注意してみていないとわからない。わたしはゲームセンターのキャストたちと一緒に椅子に座った。ゲームのウインドウに透かして手塚さんの姿を追う。

雨の降る観覧車からは、巨大ショッピングモールの広大な屋上駐車場が見下ろせた。豆粒のように小さな手塚さんが駐車場にいる。コートは水色で、夜の雨降り濃紺のコンクリートによく映えた。電灯と反射する水溜りとの距離で、手塚さんの色がわずかに変化する。わたしたちがそれぞれ一人ずつ乗った違う丸から懐中電灯で信号を送ると手塚さんはそれに応えて踊る。高度が下がるとどんどん近づく。水溜りに降る雨の点線がわかるくらい近づく。車横切る。両腕を広げ、朱い消火栓と並んで一箇所にじっとする手塚さん。

「自分が異質な感じがある。ずっとある。」わたしがショッピングモールは実は苦手で、と打ち明けたあと後手塚さんが口にされた言葉だ。糸島で自然と暮らす手塚さんにとってショッピングモールは居心地の悪い場所なのだそうだ。それが、すごくリアルで本物でおもしろかったと話す。別の軸・レイヤーをたくさん入れることで、世界がこんなにもブヨブヨになる。実は変な人がいっぱいいるんだよねと手塚さんは笑っている。「昼の部は最高潮に人が多くて。人越しに鑑賞してもらう感じだった。(パフォーマンスを知らない人の中で)子どもは気づくね。あれ、あの人なんだろう?って。でもお母さんに言ったりはした子はいなかったな。あと、お掃除さんの気配の消し方と察知力はすごい。わたしが来たらまた来たってすぐ見つけて肩のこのところ(肩を指す)で感じ取って、わたしがいるところをすごく掃除してた。よほど怪しいんだろうね。」ユーモアと毒。手塚さんはアンチだ。巨大なものごとや固定の便利に、飄々と釘を刺しに行く。わたしは笑いながら、こんなやり方があるのかと驚き気持ちよく崩れほどけていく。

春、いろんなものを観たり聞いたり一緒に過ごしたりして、わたしがわたしの姿を溶かしたり点滅させたりするような日々を送っている。眩暈のする・開かれた