記念碑的返却
一昨年から「覚書」に参加している。「覚書」というのは、年の暮れに親しい友人と集まって一年間を振り返る会である。同世代に向け胸中を吐露する一夜、エネルギーの坩堝のようになり忘れられない時間となる。今年はどんな風に話そうか、朝から一年間のあったことを思い起こし過ごしていた。
さて、師走はわたくしが年間を通し一番好きな月だ。ようやく材料が揃い、大きくざっくり振り返りながら物語が紡げるような思いがする。待ってましたと片割れのじぶんに握手しにいく。今年は昨年と対照的で、公私ともとにかく雑多さが苦しい幸せな年だった。「覚書」での発表は、言葉だけでは足りない気がする。図や絵のメインになる発表にしたいなあと頭の中でえんぴつをくるくる回している
まとめあげることには整理整頓がつきもの。借り物をお返しすることもここ数日肌が近い。ひとつひとつありがとうを伝えながら手からするすると放してゆく。ずっと長く持ち続けていた、音源や楽譜、書類や本なんかも、年末から年始にかけて減らしたいなと思う。執着を断ち、もういないところにはいないんですよと伝え見送る。儀式のよう。
並べて・まとめて・手放して。これらすべて、次を編むためのガソリンに変換している。毎日わかりやすく空模様の違って遠心力のかかる冬。
たまに涙も出るけどわりに、さっぱりしている、