しばらく前、職場にて『死の同心円』として二つの街の地図のパネルが展示されていた。
離れてから頭の中で一層辿るようになった広島は路面電車の街。たくさんの川沿いの道、自転車で風を切る木立の通り、碁盤の目のような路地のひとつひとつ、ぜんぶがこの円形の中にある。あの時のあなた方、群衆の一人がわたしでもおかしくなかった筈だ。
「怒りの広島、祈りの長崎」と話していたのは長崎出身の元同居人だったろうか。青春を過ごしたそれぞれの街の気配や宿命について、展示パネルの近くのベンチで物思いに耽った。
広島に帰るたび川を渡って火の前で手を合わす。その後、すこし離れたところで後を絶えない祈る人たちを見ながら
どんな形になっても意思表示し続けなくてはといつも思う